long story遥かなる未来 -相変わらずな恋人たち 2-

相変わらずな恋人たち 2




その晩、託生が風呂上がりに頭をタオルで拭きながら
「今日さ、帰ってくるときに、あの、いつもお店でバニラマカデミア頼んでくれるお客さんいるよね。
あの人に偶然会って、ちょっと話をしたよ。」
とオレに話すから、
あぁ。と思い当たる。
そういえば、あのお客さんは、お店に入ってきた時にやけに楽しそうだった。
あの時は、今日は、良いことがあったんだな。と思っていたけれど
『良いこと』が託生と話したことだったとしたら、ちょっと面白くない。

そんなオレの様子に気付かず、託生が続ける。
「あの人って、本当にバニラマカデミアばかりなの?」
「そうだな。初めて来た時から、ずっとだな。」
「バニラマカデミアを置いてる店って、なかなか無いって言ってた。」
「そうかもなぁ。
うちでも、そんなに頼む人いないからなぁ。」
「ふーん。そうなんだ。」

バニラマカデミア。
すっきりとした味なのに、メルヘンな香りのギャップが堪らなく気に入って、若い頃、よく飲んでいたけれど。
うちの店の落ち着いた雰囲気に馴染む客層には、あまり馴染みが無いようで、あまり出ることがなかった。
フレーバーコーヒー自体、出す喫茶店は少ないだろうし。
だから、あれを毎日頼むお客さんがいる事に、正直少し驚いたし、それにあの女性は…
「あの人が初めてお店に来た日、桜が満開だったんだ。」
オレが言うと、託生が驚いて言う。
「え?ギイ、お客さんの初めて来た日を全部覚えてるの?」
「まさか。全員を覚えてる訳ないだろ。」
「まぁ、別にギイの事だから、覚えてても驚かないけど。」
と、クスクスと笑う託生に、ふと聞いてみる。
「今、少し、妬いた?」
「なんで?」
「…。だよな。」
がっかりしたオレを呆れた顔で託生が見るから、託生の目尻にチュッとキスをする。

くすぐったそうに託生が笑って
「で?桜がどうしたの?」
と、話を促す。
「あぁ。あそこの桜、凄くきれいだけど…皆で集まって賑やかに花見をするような場所じゃないだろ。
あの日、桜が満開で。
でも、外でゆっくり眺めるには、少し寒い日だってさ。
あぁ、桜が満開だなあって、窓の外を眺めてたら、同じように桜を眺めてる人がいて。
凄く寒そうなのに、あんまりにも熱心に桜を見上げてて。
風邪ひくんじゃないかなって、心配になり始めた時に、ふと振り返って、店に入ってきたんだ。」
「確かに、あそこの桜って、凄く綺麗だけど。
ひっそりって感じだよね…あんまり、花見してる人も見ないかも。」
「そうだろう?
で、一番桜のよく見える窓際の席に座って、メニューを眺めて、嬉しそうにバニラマカデミアをオーダーするから、印象深くてさ。」
「バニラマカデミアを?」
「そう。桜とバニラマカデミアって、ちよっと、ほら。
オレ達の思い出と重なるだろう。それで覚えてたんだ。」
オレがそう言うと、託生は、ちょっと首を傾げて言った。
「そうだったんだ。
バニラマカデミアに思い入れでもあるのかな。」
「どうだろうな。」
「でも、それからずっとバニラマカデミアなんだ。」
「あぁ。」
「ギイのバニラマカデミア、凄く美味しいって言ってた。
あ。でも、ギイに、毎日来る変な客だと思われてるんじゃないかって心配してた。
そんな事ないのにね。」

クスクスと笑いながら言う託生が可愛くて、もう一度目尻にキスをする。
「オレの淹れるコーヒーを美味しいって言ってくれているだろう?
毎日来てくれるなんて、有り難いことだよな。」
オレが言うと、
「そうだよね。」
とホッとしたように、託生が笑うから。
「ただなぁ。
お客として来てもらうのは嬉しいが、必要以上に託生と仲良くなられると困るな。」
ついつい本音が零れる。
と、託生がまじまじとオレの顔を見やる。



ぼくと仲良くなられたら困ると、ギイが真顔でいうから、思わずギイの顔をまじまじと見てしまった。
「…あのさ、ギイ。それってもしかしてヤキモチだったりするわけ?」
「もしかしなくてもそうだろ。」
当然と言わんばかりのギイ。
「あのさ、ギイ。ギイの店のお客さんだよね?」
「そうだな。」
「ぼく、いくつかわかってるよね?」
「当たり前だろ。オレと一緒なんだから。」

だよね。
しかも、あのお客さんは、ぼくらよりもかなり若い。
「あのさ…若い女性相手に失礼じゃないか。」
「そうか?最近は、年の差カップルって流行ってるだろ?
芸能人なんかだと、2回りも離れてるような夫婦が結構いるしな。」
「ぼくは、芸能人じゃありません。」
「それに、オレの託生はいくつになっても可愛いからな。
浮気するなよ。」
「…。」

ぼくは、呆れてギイを見る。
60歳を過ぎて、可愛いと言われるのもどうなんだ?
っていうか、言う方がどう考えても変だろう。
まして、ぼくは男なんだから。
「ギイ、それ…本気で言ってる訳じゃないよね?」
「本気に決まってるだろ。」
そういいながら、ぼくを抱き寄せて、頬に唇を寄せる。
まったく…こんなオジサン相手に、本気でヤキモチを妬くなんて、どうかしてる。
そう思うと同時に、ギイらしいなと思って思わず笑みがもれる。

「何、笑ってるんだよ。」
ギイが、ぼくの前髪をピンっと引っ張りながらいう。
「いや、驚異の彼氏とはよく言ったもんだよなーと思ってさ。」
「なんだ、それ。」
「祠堂にいる頃に、赤池くんが言ってたんだよ。
ギイの事をね、浮気どころか恋人としてのテンションが下がらない驚異の彼氏だって。」
ぼくが笑いながら言うと 「章三のやつ……。」とギイも笑う。

あれから何十年も経つのに、祠堂での思い出は今でも色鮮やかに思い出すことができる。
ぼくがぼくらしさを取り戻し
ギイが最もギイらしく生きることができた場所。
ぼくもギイも若くて、精一杯に青春を謳歌したあの時代の事を話すとき、ぼくたちは、知らず知らずのうちに笑顔になる。
「本当。ギイって変わらないよね。」
ぼくが笑いながら言えば、
「当たり前だ。
託生を愛してる気持ちが変わるわけないだろ。
日々、愛を育ててるからな。」
あまりにも当然のように、言うから。
馬鹿みたいな幸せな日常に、涙が出そうになる。

「やっぱり、驚異の彼氏だね。」と、からかうと
「託生は、違うのか?」と、返される。
「ぼく?」
「託生は、あの頃から変わった?」
そう、聞かれれば。
「うーん。変わらない、かな?」
ギイにたくさんの愛情を貰って。
ぼくも同じように、ギイを大切に思ってて。
誰よりも愛してる気持ちは、自信があるけれど……
何故だか、いつもギイから貰う愛情の方が多い気がするのもあの頃と同じで。

「託生は、ヤキモチとかあんまり妬かないよな、昔から。」
「だって。ギイ、今更だろ。」とぼくが言うと
「今更でもさ。」
と不満げに、ぼくの頬を指でツンとつつく。

ギイに言えば、その年相応に皺の増えた目尻をみっともなく下げるに違いないから言わないけど。
あの女性がギイから笑顔でコーヒーを受けとった時も
ギイを素敵だと言った時も
本当は少し胸がザワザワとして、落ち着かなかった。
きっと、これをヤキモチって言うんだろうな、今更なのに。
ギイの事、笑えないよな…と思ったら。
ちょっと笑えた。

「何、笑ってるんだよ。」
「いや、別に。」
「なんだよ。」
「幸せだなと思ってさ。」

そうやって。
毎日、ささやかな幸せを積み上げて。
ぼくもギイも年老いて。
いつかまた、生まれ変わっても……恋をするなら君とがいい。
そんな事を思ってしまうほどに。
相変わらずな、ぼくとギイ。

―END―

  
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