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いつから、ギイはぼくを想っていてくれたんだろう…。 ぼくは、いつからギイの事を想ってたんだろう。 ギイが、ぼくに初めて出会ったのは、まだぼくらが幼稚園の時だったらしい。 だけど、ぼくはギイの事を覚えてなくて。 ギイにしても、恋と言うには幼なかったに違いなくて。 **************************** 高校2年の春。 ぼくは、ギイこと崎義一と同室になった。 2人して閉じ込められた音楽堂で 「託生が好きだ。他の誰でもなく。」 そう告げられたあの日から、少しずつ…ぼくの世界は変わった。 人と心も体も触れあうことが出来ず、ただ自分を守ることで精一杯だったぼく。 上手く人と関わることが出来ないぼくは、関わらない事で、自分を守ってきた。 だけど……そうなることを最初から望んでいた訳じゃない。 「葉山は、自己表現がど下手だな。」 周りの誰もか、やっかいな奴だと呆れ、罵るか無関心かを決め込むなか、ギイだけが、ぼくに気付いてくれたのだ。 この奇跡のような出会いをぼくは、だれに感謝すればよいのだろう。 今でも時々思う事がある。 あの時、ギイと同室になることがなかったら、ぼくとギイはどうなっていたのだろう。 ただのクラスメートとして過ごし、想いを交わすことなく卒業したのだろうか…。 「ねぇ、ギイ。 もしさ、寮で同室にならなかったらさ…ぼくたちはただの同級生のままだったかなぁ。」 「ばーか。んなわけないだろ。 オレと託生が出会ったのは運命だぞ? 結ばれない訳ないだろ。 それに、オレ、運はいい方なんだ。 託生と同室になれたのだって、絶対オレの引きが強かったお蔭だろ?」 なんて、あまりにも当然のように運命を強調するから、嬉しさと気恥ずかしさから、思わず反論する。 確かにギイの引きの強さは、相当なもんだとは思うけどね…それをすんなり納得していいものかだろうか。 「もうっ。ギイ、何言ってるんだよ。 そういうことじゃなくてさ、もし、同室にならなかったらって言ってるだろ。」 現実主義者で、合理的なギイに、もし…なんて質問は意味がないかもしれないし、実際にぼくとギイは想いを交わすことが出来て。 今もその付き合いが続いている訳だけど。 「うーん。そうだな。 実際、オレと託生は同室になれたんだし、恋人にもなれたし、今更そんなこと聞かれてもなぁ。」 と、言いながらも 「でも…まぁ、もし同室にならなくてもオレは託生を手に入れてたさ。」 と当然のように笑う。 「そんなの、わからないじゃないか。」 「わかるさ。託生とオレが出会ったのは偶然じゃない、必然だからな。 確かに、同室になったからこそ短時間で愛を深められたとは、思うけどさ。 オレ、ずっと考えてたんだぜ? 1年の頃から、どうやって託生と親しくなろうか。どう近づこうか。 どうしたら、託生の視界に入れるんだろうかってさ。 毎日、毎日それこそあらゆる場面でシュミレーションしてたんだぜ。 オレの優秀な頭脳をフル回転させてだぞ?」 「はいはい。」 普通の人がこんなことを言えば呆れるだけだけど、ギイの場合は本当にとてつもなく優秀だったりするからたちが悪い。 それに、ギイがぼくを最初から思っていてくれた事を信じていない訳じゃないけれど… こんな風に断言されるのはなんとなく気恥ずかしくて、つい返事がおざなりになる、ぼく。 「何だよ、託生。信じてないだろ。」 「そういう訳じゃないけど…」 「 まぁ、そうは言っても上手く実らず一年無駄にしちまったけどな。」 とギイが笑う。 「だけどさ、託生。 あの1年があったからこそ、あの時…強引に告白できたんだろうなと。 あの時さ、不安は不安だったけど、託生が応えてくれるんじゃないかって…なんとなく…そう思ったんだ。 まぁ、期待と紙一重だけどな。」 「ギイ…」 ぼくに会うために、祠堂に入学したんだと言っていたギイ。 その言葉を疑う訳ではないけれど…、アメリカに住む御曹司が、本当にそんな理由で日本に留学するだろうか…と思ってしまうのも事実で。 何よりも、接触嫌悪症で、自分自身ですらもて余していたぼくなんかに…そんな気持ちを向けてくれてる誰かがいるなんてあの頃は、思わなかった。 まして、その相手はあのギイで…。 ギイがぼくなんかを好きだなんて、到底信じられなかった。 でもギイに好きだと言われて嬉しくない人なんでいるだろうか? 「ギイに好きだって言われて、嫌な人なんていないだろ?」 ぼくが言うと、ギイは目を細めて笑って、ぼくの前髪を指に絡めながら言う。 「託生、それこそ惚れた欲目だ。」 「そうかなー。 だってギイ、すごーく格好いいし、優しいし、賢いし、友達思いだしさ。」 「託生に誉められるのは嬉しいけど …よく考えてみろよ。 オレも託生も男だろ? そりゃ、祠堂は男子校だし、そういう噂も数えきれないほどあったけど、実際に付き合ってる奴らはそんなに多い訳じゃないし、一般的にみたら特殊には違いないだろ。 そもそも、男のオレを託生がそういう意味で受け入れてくれるとは限らないしな。 託生が章三みたいに、鉄壁のノーマルだったら玉砕だろ?」 苦笑いしながら言うギイに、思わず頷くぼく。 確かに、そうだ。 祠堂じゃ特別珍しくもないにしろ、一般的とは言い難いギイとぼくの関係。 それに、ぼくだってそもそも男性が好きだった訳じゃない。 今じゃ、ギイにどっぷりなぼくだけど、初恋はれっきとした女の子だったし、ギイ以外の男性に惹かれたり…なんてこともない。 ギイはそれこそ、ありえない心配ばかりするけど…。 ようは、ギイが好きで、たまたまギイが同性だったってだけなのだ。 あれ? じゃあ、ぼくはいつからギイを意識してたんだろう。 確かに、ギイの告白は戸惑いはしたけれど、それは何でぼくなんか…という戸惑いであって、男同士で何言ってるんだよという戸惑いではなくて。 今考えれば不思議なほど、男同士だという事実をすんなりと受け入れていたような気がする。 それは、つまり。 ぼくは、ぼくでギイのことをそういう意味で意識してたってことに違いなく…畏れ多くもギイに惹かれていたのだ。 いつから…だったんだろう。 普通の同級生同士のように気安く会話することも、まして休み時間を一緒に過ごしたこともなく。 同じ教室にいるのに、どこか別の次元に生きているようなギイだったのに。 ギイに想いを告げられるその前から…ぼくは確かにギイを好きだった。 むしろ、ぼくを気にかけてくれるギイに期待しないように、関わらないように…避けてさえいたけれど。 意識して避けなくてはならない程に、ぼくはギイを意識してた。 ぼくなんかが、ギイに惹かれるなんて…それこそおこがましいとわかっていたから。 誰にも気づかれないように…ひっそりと、ギイを想ってた。 「でも、託生はちゃんと応えてくれただろ? だから…もし、あの時同室にならなくてもオレは、託生と付き合ってたさ。 オレに諦める気なんてなかったんだから。」 「ギイ…」 「オレ、諦め悪いんだ。」 そう言って笑うとぼくの頬にキスをした。 ギイの諦めの悪さには、何度助けられただろう。 音楽堂に閉じ込められた夜もスキー場で遭難した時も… 「諦めたら、それでおしまい。ジ・エンド…だっけ?」 「そ。ホント、諦め悪くて良かった。 おかげで託生を手に入れられたんだもんな。 本当はさ、1年生の頃…一向に縮まらない託生との距離に実はちょっと焦ってたんだ。」 「ありがとう…ギイ。」 ぼくが、そう言ってギイにキスをすると、嬉しそうに目を細めて、ぼくをぎゅっと抱き締めた。 ぼくを諦めないでいてくれて、ありがとう。ギイ。 ぼくが誰かともめる度に、駆け付けてくれて…それでも素直に慣れずに「ほっといてくれ」といい続けた固くななぼくを。 親ですら、拒絶したぼくを。 もし…なんて、関係ない。 ギイに想いを告げられて…断るなんてできる訳がないほどに、ギイに惹かれてたのはぼくの方なんだ。 君のように情熱的に、想いを告げることは出来ないけれど…ぼくに持てる精一杯の愛を君に届けるよ、ギイ。
―END―