short story驚異の彼氏

驚異の彼氏

「驚異の彼氏」だとギイのことを最初に言ったのは、誰だっけ?
好きな人にヤキモチを妬かれるのは、悪い気はしない。
まぁ、もう少し正直に言えば…ちょっと嬉しいなとは思う。
だけど、ギイと付き合いはじめてかれこれ10年以上もたつのだし、ぼくたちだってそれぞれ仕事や付き合いのあるいい大人な訳だし…。
正直言って、今更ヤキモチを妬くような仲でもないような気がするんだ。
もちろん、それがギイのぼくへの愛情だっていうのはわかってるつもりだけど。
浮気どころか、恋人としてのテンションも全く変わらない…本当に驚異の彼氏なのだ。

  **********************


ぼくは音大を卒業後、何年か経ってバイオリニストとして、何とかやっていけるようになった頃、活動の拠点をニューヨークに移した。
それまでは、日本を拠点に活動していたけれど、海外公演などであちこちすることも増えていたし、学生の頃と比べて格段にフットワークの軽くなったぼく。
一方のギイは、相変わらず超多忙でニューヨークに家があるとは言っても、ニューヨークに居ないことも多くて。
だから、別に…ぼくが日本にいてもニューヨークに来てもたいした変わりがあるわけじゃないからと思っていたのだけれど、
「お互いの帰る場所を一緒にしないか?」
と一体何度目なのかもわからない、プロポーズのようなギイの提案を受けて、ぼくはニューヨークに来た。

お互い家を留守にすることもあるけれど、ギイの気配の残る家に帰る生活というのは、思っていたよりもずっとギイを身近に感じられるものだった。
正直、毎日会えないのは寂しい…なんていう段階はとっくに過ぎていたけれど、やはり何ヵ月もすれ違えば辛かったし、
何よりも…ぼくたち2人の帰る家があるというのは、子どもの頃に帰りたいと思うような家庭に恵まれなかったぼくにとっては、幸せの象徴のように感じてもいた。

ニューヨークに来てからは、日本に行く機会は減ってしまったけれど、1年に1度、6月だけは日本へ2人揃って帰るのが、ぼくらの習慣になっていた。
ギイは、東京にも家があるとはいえ、アメリカ人な訳だし、里帰り…というには少し不自然ではあるけれど、祠堂という貴重な時間を過ごしたぼくらにとっては、
祠堂の仲間と再会できるこの帰省を本当に楽しみにしていた。

最初の頃は、日本に来たついでに赤池くんと三人で食事を楽しむ。
といった感じだったのだけど、それぞれ仕事で日本を訪れることはあっても、2人揃ってというのは、この時期だけだからと気が付けば、6月が近づくと誰かしらから
「今年は、いつ帰ってくるんだ?」
と連絡が来るようになって…、同窓会のように賑やかになることも多くなっていた。

とはいっても、それぞれ家庭や仕事を持つようになった歳だし、地元に戻った友人達も多いから、毎年全員が集まれる訳じゃないけれど
今年は久し振りに、矢倉くんや政貴、吉沢くんの階段長メンバーに、八津くんに、高林くん、利久まで集まる豪華メンバーだった。

「なんだ、今年はやけに皆揃ってるな。」
と、嬉しそうにギイが言うと、
「まあな。今年は、葉山が久し振りに日本で公演するだろ?
その情報が春ごろから出回ってさ、久し振りに葉山に会いたいなって話がそこら中で出てるらしくてさ。」
と、矢倉くんが可笑しそうに言う。
「託生に?」
そういうギイの顔が…ちょっとムッとしたように見えるのはぼくの気のせいだろうか?

「え?日本公演って言っても期間は短いし、まだ先なのにもう皆知ってるの?」
「そりゃ、そうだろ。祠堂から出た世界的アーティストだぞ。
クラシックにさして興味がないやつですら、同級生ってだけで自慢にしてるわけさ。
まぁ、ミーハー根性丸出しだよなぁ。」
なんて、矢倉くんがニヤニヤと笑いながら言うから、なんとも恥ずかしい。

そもそも、ぼくが何とか独り立ちできたのも佐智さんが何度かジョイントに誘ってくれたおかげで。
ぼくの実力というよりは、佐智さんのネームバリューに寄るところが大きいのだ。
それに、ぼくの活動をサポートしてくれている事務所のスタッフがとんでもなく優秀なのも実力以上に活動で来ている要因の一つに違いなく。
なにしろ、あのFグループ傘下の音楽事務所なのだから、本来ならば、ぼくなんかが所属出来るような場所ではないのだけれど
ギイのどうしてもという強い希望だけでなく、佐智さんの勧めもあって、有り難くお世話になることにしたのだ。

そんな事情があってこその音楽活動である事は、百も承知のぼくは、こんな風に人に
(というか、昔から知ってる祠堂の人間に言われるのは特に…なのだけど)
言われるのは、非常に恥ずかしかったりする。

「もう、やめてくれよ。」
ぼくがいうと、
「相変わらず、葉山くんは謙遜大王だよね。
聞くところによると、クラシック界の癒し王子らしいじゃないか?」
と政貴に言われて、その恥ずかしいキャッチコピーにクラリとする。
「な…なに、それ」」
「なんだ、葉山知らないのか?
日本じゃ、井上佐智に続くクラシック界の新王子…黒髪の貴公子とかって盛り上がってるんだぞ?」
「う、うそだろ…。」
呟いて、真っ青になるぼくを皆がニヤニヤわらって見てる。

そんな恥ずかしい…それに、佐智さんに続くだなんておこがましい事、根も葉もない記事だとしても困る。
「ばーか。そんな記事を事務所が許可する訳ないだろ。
だいたい、託生の写真を好き勝手にばらまかせるなんて、オレが許さん。」
「か、からかったんだね、矢倉くん!」
「からかってなんかないぞ。
生憎と俺は音楽雑誌なんて読まないけど、三流芸能雑誌がこぞって書き立ててるんだよ。
あの井上佐智と交流のある妙齢の男性バイオリニストってだけでも女性受けしそうなネタだろ。
きっと、葉山のコンサートは女性客で一杯だろうよ。」
矢倉くんが、ギイを見ながらニヤニヤ笑う。
「そうだよなー。なんだかんだ言って、葉山モテるからなぁ。」
と赤池くんまで言い出すから、ギイの視線が痛い…。
やめてよね…そんな冗談をギイが真に受けて機嫌を損ねたりしたら、後で困るのはぼくなんだからさ。

「あ、赤池くんまで、何言ってるんだよ。」
「なんだ、葉山知らないのか?
二年生の頃、お前しょっちゅうギイと麓に降りてただろ?
最初は、あの崎義一と一緒にいるあれは誰だ?的な扱いだったんだけどな。
知らないうちに、葉山のファンも増えてたんだぞ。」
「そんな訳ないじゃないか。だいたい、そんなの全然…」
「当たり前だろ。只でさえ誰かさんが鈍いうえに、高性能なギイフィルターだぞ?
そんなの葉山の耳にはいる前に、綺麗さっぱり断ち切ってるに決まってるだろ。
文化祭に葉山狙いの女子高生もいただろうになぁ。」
「当たり前だ。オレの託生だぞ。
そもそもれっきとしたオレと言う恋人がいるんだから、気を持たせるような事はしなくていいんだよ。」
と、さも当然のようにギイが言う。

「別に僕は、葉山がモテてもモテなくても興味ないけどさ、それを受けるかどうかは、葉山の自由だろ。
だいたい、バイオリニストの葉山にとったら、そういう人気だって大事なんじゃないの?
今だって、事務所にファンレターやバレンタインのプレゼントだって届くだろ。」
「何言ってるんだよ。そんなの全然ないよ?」
「は?無いわけないだろ。
井上佐智とのジョイントに何度も出てるし、葉山くらいの知名度があればファンレターくらい…とうぜ…ギイ、お前…」
と皆が一斉にギイをみる。
え?え?何?

「だいたい、オレはここまで大々的に託生を売り出す予定じゃなかったんだ。
それを佐智のやつ…、ここぞとばかりに連れ出しやがって。」
面白くなさそうに愚痴るギイに、政貴が抗議をする。
「あのさ、ギイ。じゃ、ギイは葉山くんのバイオリニストを趣味で終わらせるつもりだったわけ?
葉山くんの才能を埋もれさせるなんて、あり得ないよ。
僕は、この件についてだけは、なにがあっても井上佐智の味方につくよ。
だいたい、葉山くんだって既に世界中に注目されてるバイオリニストなんだからさ。
まさかギイ、自分はいいけど葉山くんはダメなんて馬鹿なこと言わないよね。」
「…」
「葉山。気をつけろ、ギイフィルターは健在だぞ。」
「本当に、ギイって狭量だよな。」
「葉山だっていい大人なんだし、そもそも仕事だろうが」
と口々に非難されてるギイを呆気にとられて見ているぼく。

そんなぼくとギイを呆れたようにみては、
「本当、変わらないよな。変わらなすぎて、呆れるのを通り越して、むしろ天晴れだよな。」
と赤池くんが溜息をつく。
「赤池くん…」
「ホント、驚異の彼氏だよなぁ。」
とニヤニヤと笑う赤池くんに、何も言えなくなるぼく。

今更…そんな心配をされるぼくって、そんなに信用が無いのだろうか?と思わなくもないけれど…
出会って10年以上も経つのに、浮気どころか、恋人としてのテンションも全く変わらない「驚異の彼氏」を見ながらふと思う。
そんなヤキモチが、やっぱり少し嬉しいと思ってしまうぼくも…相当変わらないんだろうな。

祠堂でギイと出会って、恋をして。
男同士のギイとぼく…まして、ギイはFグループの御曹司で。
いつか終わりが来るかもしれないと覚悟したことも一度や二度じゃなかったけれど。
それでも、ぼくはギイを諦めることなどできなくて。
諦める事の出来なかった「諦めの悪いぼく」に自分でも驚いてしまうほどに…
ぼくをいつまでも捉えて離さないギイこそが、やっぱり「驚異の彼氏」だと思う。

―END―

web拍手 by FC2
このページのトップへ
inserted by FC2 system