眠れぬ夜は誰のせい
ぼくを見る射るような視線の母。 ぼくのせいだと泣いて罵る兄の声。 ぼくの声を誰も聞いてはくれなくて…声をあげる事すら諦めたぼく。 降りしきる雨の中、眠れない夜を今日も1人でやり過ごす。 兄さんが死んで、ぼくは兄さんを許すことも憎む事も出来ないまま生きてきた。 兄がぼくにしたことは、憎むべき事だったのかもしれないけれど、それがどんな意味であったにしろ、ぼくに関心を向けてくれたのは兄だけだったから。 単純に、憎む事が出来たら、どんなに楽だっただろう…。 ぼくこと、葉山託生は、山奥にへばりつくように建てられた祠堂学院の2年になったばかり。 自宅から逃げるようにやってきた、この全寮制の学校でも、ぼくは異質な生徒だった。 人に触れられる事が、極端に苦手なぼくは、学校に馴染むことも友達を作ることも出来ず、ただ、高校という期間を過ごすためだけにここにいた。 そんなぼくに、思ってもいなかった出来事が起きたのは、入寮日のことだった。 学園のアイドル、ギイこと崎義一のと同室になったぼくは、何故か2人して音楽堂に閉じ込められた上に、告白されたのだ。 初めは、その事実に困惑したけれど…ギイの告白は、冗談でも嘘でもなく。 ぼくとギイは 、恋人としての付き合いを始めた。 とは言っても…嫌悪症のぼくとの付き合いは、ギイに大きな負担をかけているのは明白で…ギイを好きになれば、なるほどにぼくは自分の過去が怖くなった。 ギイの事は好きだ。 でも…抱かれれば初めてじゃないとわかってしまう。親からも拒絶された、あの事実を知ったら…きっとギイは。 そう思えば思うほど…、ぼくはどうしていいのかわからなくなっていた。 6月が近づくにつれ、ぼくは兄の夢を見るようになって…眠れなくなった。 去年の6月は、こんなに酷くはなかった。 確かに、苦手な季節ではあったけれど…去年の夢は…ただ過去を繰り返すだけの夢だった。 眠れない夜もあったけど、それはただ…単純にぼくを責める兄と母に胸が痛くて、辛かったから。 でも…今年は違うんだ。 夢の中で兄と母が、ぼくを責めるのは同じなのに。 今、ぼくを眠れなくしてるのは…ギイだ。 もし、ギイに知られたら。 もし、ギイに軽蔑されたら。 もし、ギイに嫌われたら。 ギイヲ…コノママウシナッテシマッタラ。 ギイ、ギイ、ギイ…… ぼくの頭は、いつの間にかギイを失うかも知れない恐怖で1杯で。 こんなにも、心の奥深く誰かを受け入れてしまったら…もう、戻れないのだと言うことさえ忘れてた自分の愚かさに愕然とした。 ぼくは、誰かを愛する資格のない人間だったのに。 どうしてギイを受け入れてしまったんだろう。 そう思ったら…ぼくは。 眠れない夜。 オーバーヒートしたぼくの心をギリギリの所で救ってくれたのは…ギイだった。 「なんて顔してるんだ、託生…」 どこまでも優しく、宝物を扱うようにぼくに触れるギイ。 あぁ。この人はギイだ。 そう気付いた時から、ずっと。 眠れない夜を運んでくるのはギイになった。 ぼくを拒絶した母でも、ぼくを責める兄でもなく…ただ一人。 不安で眠れない夜も 会いたくて、切なさがつのる夜も 嬉しくて眠れない夜も ぼくを眠れなくさせるほど、気持ちを揺さぶるのはギイだけ。 でもね、ギイ。 不安で寂しくて眠れない夜ですら、愛しいと思うほどに…ぼくは、ギイを愛してる。 どんなに眠れない夜があっても。 ギイの腕に包まれてしまえば、不安を忘れて眠る事が出来るから。 こんなぼくにした責任、ちゃんととってよね。ギイ。
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