long story遥かなる未来

遥かなる未来 1


ギイと託生くんのずっとずっと遠い未来のお話です。
Blue Rose設定は、反映されておりませんので、あしからず。
ご了承いただける方は、どうぞお楽しみくださいませ☆


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日本よりも少し遅れてやってくる桜の見頃。
サクラパークで、花見をするのはニューヨークに来てから、毎年変わらないぼくらのイベントだ。
デリで適当にランチを買って、コーヒーを持って。
日本でいう花見と言うよりは、ピクニックに近いものがあるけれど、こののんびりした時間がぼくは好きだ。

「なぁ、託生。日本で暮らそうか?」
「えっ?」

サクラパークで満開の桜を見ながら、唐突にギイがそんなことを言うから、ぼくは驚いてギイの顔をまじまじと見つめてしまった。
そんなぼくに、ギイがもう一度言う。
「日本で、暮らさないか?」
「どうしたんだい?急に。」
「急じゃない。ずっと考えていたんだ。
いつか、託生と日本で暮らせたらいいなって。
オレの仕事を優先させて、無理を言ってニューヨークに来させてさ。
ずっと託生に無理させて来ただろ?
もし、オレが引退したら…残りの人生は託生と日本でのんびり暮らすのもいいなってさ。」
「ギイ…。」

ギイの思いもしなかった申し出に、ぼくは言葉に詰まってしまった。
日本で暮らす―――。
そんなこと、ここ数年考えたこともなかったから。

ぼくがニューヨークに来たのは、30になった年だったから、かれこれ30年近くになる。
まぁ実際には、定住したのが30の時で、それ以前の留学を含めればもっと長いのだけど。
日本で生まれ育った生粋の日本人のぼくだけど、ニューヨークでの暮らしも随分と長くなって、
どちらかといえば、日本よりも慣れてしまったくらいなのだ。
もちろん、ニューヨークに来るまでも大変だったし、ろくに英語も話せないぼくが、
ニューヨークの暮らしに馴染むのも大変には違いなかったけれど。
祠堂にいた頃には、ニューヨークへ来ないのかと、オレと離れ離れでも平気なのかと言われ、返答に困ったこともあったけれど。
決して、ギイが無理強いして連れてきた訳じゃない。
ぼくは、ぼくなりに考えて、自分で決めてここに来た。
だから…

「別に、ギイが無理を言ったから、来た訳じゃないし、そんな風に考えたこともないよ。
それに、ニューヨークで暮らす方が慣れちゃったよ。」
ぼくがそう笑うと、
「人生の半分だもんな。」
とギイが目を細めて笑った。

もう…40年以上も前。

ぼくとギイは、あの懐かしい祠堂で出会って。
まぁ、色々な事情もあって、日本とニューヨークに離れて過ごす期間もあったけれど。
別れてしまうこともなく、付き合いは続き、ぼくはニューヨークへ来た。
ニューヨークへ来たのは、勿論、ギイがニューヨークに居たからというのも大きな理由の1つではあるけれど。
決して、それだけじゃなくて。
ぼくは、ぼくで、バイオリニストとして日本国内だけでなく活動を始めていたし。
留学経験もあるニューヨークに、拠点を移そうとなったのは、自然な成り行きでもあったのだ。

「託生は、今更、日本で暮らすのは嫌か?」
「ううん、嫌…とかではないけど。
あんまり突然だからさ。驚いてるだけ。
それにギイ、引退したらなんて、どうしたんだよ。」
「いやさ、もうすぐ60だろ。定年ってやつ?」
「定年?そんな制度、経営者には無いだろ。」
「ま、完全に隠居って訳にはいかないだろうけど、10代の頃から働いてきたんだし。
まぁ、そろそろ休んでも罰は当たらないだろ。
あいつらにも任せられるだけの能力はあるんだし、ニューヨークにいなきゃ仕事が出来ないって時代でもないしな。
だからさ、日本で…そうだな…。
喫茶店でもしながらさ、のんびりしないか。」
ギイが、桜を見上げながら言う。

「喫茶店って…何を言ってるだよ。世界的大企業の会長さんがさ。」
喫茶店だなんて、あんまりにも突拍子もないことを言うから、笑ってしまう。
世襲性ではないといいつつ、血筋も能力も抜群だったギイがFグループを継いだのは、当然といえば当然の流れで。
祠堂に居た頃からビジネスの世界へ身を置いていたギイが、第一線で活躍し始めたのは、ぼくがバイオリニストとして一人立ちするよりうんと早かった。
若い頃から、忙しすぎる毎日を送ってきたギイの事を思えば、そろそろのんびりしたいという気持ちも解らなくはない。
ぼくとしてもゆっくりさせてあげたいなとは思う。

それにしても。
どうして今になって、日本なのだろうか?
確かにギイだって、アメリカ育ちのクォーターとはいえ、父親は日本人だし、日本に自宅もあったけれど。
馴染み深いのは、ニューヨークの方に違いなくて。
生粋の日本人であるぼくに気を使っているとしか思えない提案に、なんとなく、戸惑ってしまった。

「あのさ、ぼくに気を使ってなら、必要ないよ?
ぼくはさ、ニューヨークに来たことを後悔したこともないし。
このまま日本に帰ることなく、人生を終えても構わないし。
まさか、自分がニューヨークに骨を埋めることになるなんて不思議だけどさ。
それに…もう、忘れちゃったけどさ、ニューヨークに来てからの方が幸せだったし。」
「託生…」

そうなのだ。
日本で暮らした30年のうち、ギイに出会う前の半分は、幸せな思い出は少なくて。
祠堂を卒業してからは、バイオリンに必死だったし。
そのうち、留学やら公演やらで、海外に出向く機会も多くなって。
思い返すと日本での生活はそれほど思い出深いものもなくて。
唯一…忘れることの出来ない印象深い数年は、ギイと祠堂で過ごした、あの2年だけだったりするのだ。

おかしなもので、生まれてから30年も日本で過ごしていたのに。
ニューヨークへ来て、日本を思い出す時は、決まって祠堂なのだ。
ふと、祠堂に思いを馳せていたら、ギイが桜を見上げて呟くように言った。

「サクラパークで、こうやって毎年、託生と桜を見るだろ?
そうするとさ、絶対思い出すんだよ。祠堂の桜並木をさ。
で、もし日本に住むことがあったら、満開の桜の見えるところがいいなーとか思ってた。
オレが、ニューヨークへ来いって連れてきたくせに…。
今度は日本へ帰ろうなんて、おかしいよな、やっぱり。」


  
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