long story遥かなる未来 ―悔いのない足跡―

遥かなる未来 ―悔いのない足跡―


「遥かなる未来」を読んで、ギイの喫茶店の常連になりたいと言って下さった
お友達のK様への誕生日プレゼントとして書いた作品です☆
Happy birthday!!

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その日、ぼくは用事があって街へと出掛けていて。その日、ぼくは用事があって街へと出掛けていて。
戻ってきたのは昼もずいぶんと回ってからだった。
「ただいま。」
ギイの店に顔を出すと、
「お、おかえり。ずいぶんと遅かったじゃないか。」
「ちょっと楽器店を覗いてたから。」
「外、寒かったろ?コーヒー淹れるから、休んでいったらどうだ。」
と、ギイが微笑んだ。

店内を見渡すと、ちょうどピークを過ぎていたので、
お言葉に甘えることにしたぼくは
「ありがとう。じゃあ、いただこうかな。」
そう言って、カウンターの一番端の席に腰をおろした。

「いい楽譜でも見つかったのか?」
ギイがぼくの手にした紙袋を見て言う。
「うん。それにしても寒かったな。」
「もう4月なのに、そんなに着ぶくれてるのは託生ぐらいなものだろう。」
「そんな薄着なのはギイぐらいだよ。」

春になったと言うのに、今年は雨が多いせいか、まだまだ肌寒い。
ニューヨークの真冬の寒さに比べれば、大したことはないだろうとギイは言うけれど。
長年住んだにも係わらず、ぼくは、その寒さに慣れることはなくて。
冬になる度に、寒いからと外出を渋るぼくに、
「いい加減に慣れろよ。」とギイは呆れていたけれど、今もぼくは寒がりのままで。
今日だって、本当は真冬のコートを着たいぐらいだったけれど
寒いとはいえ、4月になって冬のコートを着るのはさすがのぼくにも憚られて、
薄いスプリングコートを来て出掛けたお陰で、すっかりと冷えてしまっていたのだ。

チリン♪

小さなカウベルの音がして、お客さんが入ってくる。
ギイは、ドアの方に目を向けると小さく会釈して
「いらっしゃいませ」
とお客さんを迎えた。
ふーん。珍しいな…
と、そのお客さんを見てぼくは思ったけれど、その人は、慣れた感じで店に入ると窓際の奥の席に座った。

喫茶店に訪れるお客さんは様々だけれど、一人で来る男性客か、
初老の夫婦、2〜3人で訪れる女性客が多い。
店の雰囲気のせいもあるのだろうが、落ち着いた年齢のお客が大半を占める中で、
若い女性客が一人で入ってきたのが珍しく思えたのだ。
席について、鞄からタブレットを取り出すと何やら作業を始めた彼女を見て、
仕事なのかな。
と、一人で来店した理由に、納得しながら視線を手元の紙袋へと戻す。

「悪い。託生。ちょっと待ってな。」
ギイがカウンター越しに声を掛ける。
「あ、うん。もちろん。
手が空いたときでいいよ?」
ぼくがいうと、ギイが微笑むから、思わず見惚れてしまった。

一緒にいて、何十年もたつのに、今更とは思うけれど…
いくつになってもギイは格好いいままだった。
とはいっても若作りをしている訳でもなく、歳相応なのに格好いい。
ダンディなおじさんっていうのは、ギイみたいな人の事を言うんだろうな
なんて思いながら、ギイの横顔を眺めていた。

「ギイ、お客さん、大丈夫?」
なかなかオーダーを取りに行かないギイに、
お手伝いした方がいいかなと気になって、小さな声で聞くと
「ん?あぁ、大丈夫だよ。」
とギイは言いながら次のコーヒーの準備をする。
「あのお客様は、いつもコレだから。」
鼻先にふわりと甘い香りがした。
ライオンコーヒーのバニラマカダミア。
祠堂にいた頃、ギイが気に入ってよく飲んでいたフレーバーコーヒー。
あの頃は、コーヒーの美味しさなんてよくわからなかったけれど、
拘りの強いギイのおかげでコーヒーの味を覚えた気がする。
それまでは、コーヒーなんて、自動販売機のコーヒーかインスタントコーヒーくらいしか飲んだことが無かったから。

この香りを嗅ぐと自然と祠堂を思い出す。
思わず笑みが溢れたぼくに
「託生もこれにする?」
とギイが言う。
「あ、うん。そうしようかな。」
「OK。」
コポコポとコーヒーの入る音と懐かしい甘い香りに包まれながら、祠堂のことを思い出していると

コトン

と目の前にコーヒーが置かれた。

「お待たせ。」
「ありがとう。」
一口啜ると身体が暖まって、幸せな気持ちになった。
「美味しい。」
思わず口にすると、ギイが嬉しそうな顔で微笑んだ。
「ごゆっくり。」
なんだか、その何気ない一言が
その柔らかい笑顔が、細やかな気遣いが
堪らなく暖かくて、あぁ、自分は幸せなんだなと沁々と感じて。
何だか、胸がいっぱいになって不思議な気持ちになった。

ギイに出会うまでの少しばかり不幸だった時代も
ギイの世界に戸惑い、傷つくこともあった時代もあったけど。
ぼくは、この人生を幸せだと思う。
この歳になって人生を振り返ったら、この人と共に生きてきて良かったと心から思える。
そんな相手と出会えた…これほど幸せな事ってあるだろうか。

昔…ギイと生きて行くことが本当に良いことなのか悩んでいた時、赤池くんに言われったっけ。
「あのな、葉山。
一生涯共に過ごしたいと思う人と共に生きたとして、その選択が正しかどうかなんて、誰にもわからないんだぞ?
その人しかいないと思うほど愛して、結婚しても浮気する人もいるかもしれない。
もしかしたら、病気や事故で早くに最愛の人を亡くしてしまうかもしれない。
何かしらの事情で、仕事や財産を失う人もいるかもしれない。
誰だって、先のことはわからないし不安だってあるに決まってる。
ギイに限ったことじゃないさ。
ただ、周りに今、何をいわれようと、何十年後かに二人で笑っていられたら、それでいいじゃないか。
人生振り返った時に幸せだなーと思える努力をギイが怠るとは思えないだろ。
葉山はどうなんだ?努力する前に諦めるか?」
そう、背中を押されて。

だけど、ギイを諦めることなんて出来ないから。
あの時は、正解なんて分からずに、迷いながら選んだ二人で生きる道だったけど。
色々辛いこともあったし、自分の選択が間違ってたんじゃないかと何度も思ったけど
「間違いなんかじゃなかった。」と今だからこそ、言える。
ぼくは、この人生を本当に幸せだったと思うし、もし、もう一度やり直せたとしても同じ道を選ぶに違いなくて。
何十年と一緒にいるのに、未だにぼくに変わらない愛情と思いやりをもって接してくれるギイ。
ぼくも同じように、ギイに幸せを返せているだろうか。
ぼくがギイと共にあった人生を幸せだと思っているように、
ギイにとってもぼくとの人生が最良だったと思って貰えていたら、
ぼくはこの人生に何の悔いもないな…と思いながら、
ギイの横顔を見ながら、バニラマカデミアを啜った。


  
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