long story遥かなる未来 -相変わらずな恋人たち 1-

相変わらずな恋人たち 1




「いつものでよろしかったですか?」

そう微笑みながら、ギイが一人で来た女性のお客様にコーヒーを差し出すと
「えぇ。ありがとうございます。」
と、その女性がギイを見て、嬉しそうに笑った。
「ごゆっくり、どうぞ。」
そう言って、カウンターに戻るギイ。

へぇ…。

この前、初めて見掛けたその女性のお客様とギイの自然なやり取りを見ながら、本当に、いつもバニラマカダミアなんだなぁ…と思うぼく。
いくらギイがやっている喫茶店で、ぼくも一緒に住んでいるとはいえ、ぼく自身がずっとお店に出ている訳じゃなくて。
もちろん、手伝いをすることはあるけれど、あくまでもギイの店というスタンスでやっていて。
初めにそう決めた訳じゃないけれど、なんとなく、そう落ち着いてきたのだ。

あまり人の顔を覚えるのが得意ではないぼくだけど、印象的だったから、すぐに覚えてしまった、常連客のその女性。
ぼくとギイが好きなバニラマカデミアを好きだという。
それだけで、何故だろう。
同士のような不思議な感じがした。



ある日の午後。
ぼくは、近くの街まで出掛けていた。
今時、書店にまで行かなくても本なんて買えるけど、何気なく店を見ていると思いがけない読んでみたい本に出会えたりするのが楽しくて。
ぼくは、時々、のんびりと書店に行く。
勿論、ギイが一緒の事もあるけれど、今日は、ぼく一人で。
ギイ、この本好きそうだな…とか、一緒にいなくてもギイを感じる1人の時間もぼくは好きだ。
目的の本の他に、気になった本を2冊ほど買って店を出てしばらく歩いていると、ふと目の前を歩いている女性に目が止まった。

「あれ?あの人…。」

いつも同じ窓際の席に座って。
バニラマカデミアを飲んでいる、あの女性のお客さんに似てるような気がしたのだ。
後ろ姿で、よくわからないし。
そうだとしても、追いかけて行って、話しかけるほど知り合いな訳でもない。
というか…、向こうからしたらぼくなんて、きっと知らない人な訳で、下手に追いかけたりなんかしたら不審がられるに違いない。
まぁ、そうでなくても、あまり知らない女性に自分から声を掛けれるほど、社交的な訳でもないぼくは、
2度の曲がり角を同じ方向へと曲がるその人が、何となく気になりつつ、家への道を歩いていた。

「もしかして、今からギイのお店に行くのかな。」

なんて思った、その時。
携帯が鳴ったのか、その人が足を止めて鞄から何かを探しだした。
「あっ。」
携帯を取り出した彼女の足元に、何かが落ちた気がした。
けれど、彼女はしきりに頭を下げながら何やら会話をしていて、落とし物に気付かずに歩き出してしまった。

ぼくは、その人が立っていた場所まで進むと落ちていた小さな物を拾い上げた。
何だろう…組紐?
それは、シルバーと黒の組紐で作られたアンテナキャップだった。
組紐の下には、シルバーのアルファベットのプレート。
イニシャル、かな?
ぼくは、それを拾うと少し早足で、前を歩く女性を追いかけた。
女性が、ちょうど電話を終えたところに追い付いたので、ぼくは一呼吸置いて、声をかける。
「あ、あの。すいません。」
「えっ?あっ、私、ですか?」
突然、声をかけられて戸惑いながら振り返ったその人は、やはりあの女性で。
先程拾ったアンテナキャップを差し出しながら
「あ、はい。これ、落とされませんでしたか?」
聞くと、慌てて鞄の中から、しまったばかりの携帯を取り出した。
「あ、本当。私のだわ。全然気がつかなくて。
すみません、ありがとうございます。」
彼女が落とし物を受け取って、丁寧に何度も頭を下げて、歩きだした。
ぼくも家へ向かって、同じ方向に歩き出すと、少しだけ前を歩く彼女が怪訝な顔で振り返った。

あ、そっか。
同じ方向に歩き出したぼく。
後を付けられてるんじゃないかと誤解されている事に思い当たって、
「あの…、違ってたらごめんなさい。
いつも、この先の喫茶店によくおみえですよね。」
と声を掛けたら、ますます怪訝な顔をされてしまって。
余計に誤解された事に気づいて、慌てて
「ぼく、この先の喫茶店の隣に住んでいて、家に帰るところなんです。
喫茶店をやっているのが、同居人なので…
それで…、お店の方でお見掛けしたことがある気がして。すみません。」
と言うと、女性がぼくを見て、小さく首を傾げて。

「あっ。たまにお店に、いらっしゃいますよね。
場所が違うから、気付かなくて。ごめんなさい。
落とし物を拾っていただいたのに…。
喫茶店の方へ帰られるところでしたのね。」
と、申し訳なさそうに微笑んで、表情が和らいだのをみて、ぼくは、ほっとした。

同じ場所に向かうのに、このまま微妙な距離でよそよそしく歩くのに、なんとなく居心地の悪さを感じて
「喫茶店に今日も来て下さるんですか?」
と、自分の名前を名乗って話しかけた。
最初は警戒していた彼女も徐々に慣れてきて、世間話をしながら歩いていると
「葉山さんは、マスターとは?」
と聞かれた。

ギイとの関係を聞かれると若い頃は、困っていたけれど、さすがに何十年も一緒にいれば、慣れてくるものだ。
それに、大抵の人に聞かれるから、ぼくも意識せずに答えられるようになっていた。
「えぇ。高校の同級生なんです。」
「そうなんですか。あの…マスターって素敵な方ですね。
もし、もっとお若かったら、お店、大変でしょうね。」
一瞬考えて、大変の意味に思い当たる。

確かに、今でこそ落ち着いた雰囲気の喫茶店をやれているけれど、
もし、これが今より30歳も若かったら、ギイ目当ての女性客で一杯だったろうな…。
高校生の時の文化祭での甘味処の繁盛っぷりを思い出して
「そうでしょうねぇ。」
と思わず納得してしまったぼく。

でも、ギイを素敵だと言うからには、その…、ギイ目当て…だったりするのだろうか。
今まで、ぼくらの年齢的にいっても、そういう類いの事は考えた事はなかったけれど。
そういうお客様がいてもおかしくないんだと、急に思い当たって。
まぁ、だからと言って今更どうと思うこともないし、きっとギイの事だから、そういう視線をさらりかわしてしまうだろう。
お客様である以上、大切に対応するだろうけれど、ギイは、昔からそういう対応には慣れているから。

なんて、こんな風に言い訳がましく、安心しようとしている自分に思わず苦笑する。
とはいえ、お店でギイに向けられたこの人の笑顔を思い出すと、ほんの少し気持ちがざわつきそうになるのも確かで。
「マスターは素敵だけど、あの店に通うのはそれが理由じゃないのよ?
あのお店、なんだか、すごく居心地がよくて。
また行きたくなるような感じがするんです。」
と言ってくれるから、赤池くんが聞いたら、喜ぶだろうな…と思わず顔が綻んでしまう。

うん。あの店の居心地の良さは、ぼくもわかる。
店の雰囲気も、ギイの細やかな…それでいて押し付けがましくない接客も。
「正直に言うと、私も女だから、冴えないマスターよりも素敵なマスターの方が嬉しいけれど。」
マスターには内緒よ、とクスリと笑う彼女につられて、ぼくも思わず笑ってしまう。
「もしかして、日参する変なお客だと思われてるかしら?」
と言うから、
「そんな事ないですよ。」と返すと、
「だといいのだけれど…なんだか、気になって来ちゃったわ。
実はね、お店のマスターも雰囲気も素敵なんだけど
一番のお気に入りは、バニラマカデミアなの。
あのお店のバニラマカダミアが、本当に美味しくて。
好きなコーヒーなんだけど、なかなか置いてる店がないのよ。」

そんな話をしながら店の前まで着いて。
「ごゆっくりしてきて下さいね。」
とぼくが言うと、
「えぇ。ありがとう。
葉山さんとお話できて、とても楽しかったわ。」
と、小さく手を降って、彼女は、お店に入って行った。



  
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