君に届けて 1
このお話は、最終巻「station」のその後のお話です。 託生くんサイドのお話になります。 「station」を読まれた方で、興味のある方はどうぞ☆ **********************
退院して、祠堂に戻ったぼくは愕然とした。 ギイもバイオリンも…つながらなくなった携帯電話も。 当たり前だと思っていた日常が、ある日突然…何事もなかったようになくなってしまったことに。 でも。 ぼくは、決めたのだ。 ぼくが、ギイを追いかけていく。 ニューヨークへ留学したからと言って、ギイに会えるとは限らないし… まして、ギイが変わらない気持ちでいてくれるなんてわからない。 だけど、今のぼくにはそれしか考えられなかった。 3年前、ギイは大学を卒業していたのにも関わらず、ぼくがあんな状態になっていることも知らなかったのに… ぼくに会いに日本に来てくれたのだ。 それは、ギイにとっても大変な事だったに違いなくて。 まして…いくらしっかりしていたとはいえ、当時のギイはまだ15歳だったのだ。 だから…今度は、ぼくが追いかけるんだ。 今更ながらに、ギイの気持ちに気付かされて…どうして、もっと、ちゃんと向き合わなかったのかと思う。 卒業まで、あと半年ある。 その半年で、ちゃんとギイを知って行くのだ。 そう、思っていたのに。ぼくの決断は遅すぎたのだ。 もっと、ちゃんとギイの言葉を受け止めていたら…何度もそう思ったけれど。 でも、ここには、もうギイはいなくて。 だけど…だからこそ。 ********************** ギイが居なくなってから知ったたくさんの事実。 たくさんの言葉の断片が繋がって、ようやく何かがわかりかけていた。 そういえば、ギイと最後にゆっくり話しをした時、ギイが言ってたっけ…。 「遠距離恋愛になったら、1年、2年会えないこともあるかもしれないだろ。」 ぼくは、ぼくのためにギイの未来を妥協して欲しくなかった。 そのためには、ギイはニューヨークへ戻るべきだと思っていたし、戻ることは決定事項だと感じていた。 ぼくはぼくで、都内の音大に進むと決めていた。 だから、卒業したらギイとは、日本とニューヨークに離れ離れになるのだと、わかってはいた。 だけど、その決断の本当の意味さえ、ぼくは良くわかっていなかったんだ、きっと。 だって、ぼくたちは、1年どころか、数週間会えない事すらないまま過ごしてきたから。 それもこれもギイの努力によって。 当たり前のように一緒に過ごす時間を与えられてきたぼくだったから。 日本とニューヨークに離れ離れになったら、今のように会えなくなるのはわかっていたけれど …年単位とまでは考えてもなかったのだ。あの時のぼくは。 「ねぇ、赤池くん。 ぼく、思うんだけどさ、本当は、ギイ知ってたと思うんだ。」 ギイが去ってから、ぼくはこうして時々、赤池くんと話をした。 少しずつギイのいた場所は、少しずつ何かで埋められて…。 まるで、ギイなんて最初からいなかったかのように日常生活を取り戻していく祠堂の中で、 ぼくと赤池くんは取り残されていくような気持ちを抱えた同志だった。 だからと言って、始終一緒に過ごす訳でもなく。 ギイが居なくなったことを嘆くでもなく。 ただ、時々こうしてギイの話をする。 「ん?何をだ?あんな風に突然、祠堂からいなくなる事になるってことをか?」 「ううん。そうじゃなくて…それは、きっとギイにとっても予想外だったと思うんだけどさ。 ギイが祠堂から出たら、数年単位であえない状況が来るかもしれないってこと…きっとギイは知ってたんじゃないかな。」 「…葉山。」 そう。ギイは、祠堂に卒業までいられない事を知っていた。 あの帰国が、予期しないタイミングだったにしても、遅かれ、早かれ帰国したら、 そんなに簡単に会えなくなるかもしれない自分の環境をギイはわかっていたから。 だから、焦ってたんだ。 ぼくに、進路をせかしたのも…ニューヨークへ誘ったのも。 未来につながる「何か」をぼくから得ようとしていたギイ。 せめて、ギイがその事実を打ち明けられるくらいに、ぼくがしっかりしていたら…。 「ぼくが、赤池くんや三洲くんみたいに、もっとしっかりしてれば良かったんだろうけど。 ギイが、自分の事情を打ち明けるには、ぼくは頼りなさすぎたんだよ…きっと。」 「…葉山。それは違うだろ。 実際、僕だって葉山以上の事を知っている訳じゃないし、ギイはそういう葉山を気に入ってたんだろ。」 「そう…かな?」 「…そうだろ。だからこそ、ギイはここで普通の高校生できてたんだ。」 そういって、赤池くんが空を見上げる。 …普通の高校生。 うん。確かに。ギイは、誰よりも普通でいることにこだわってた。 決して口にしない母国語。 御曹司である事を感じさせない金銭感覚。 日本人であるぼくらよりも日本人らしく過ごしていたギイ。 ぼくは、ギイを思い出しながら思わずクスリと笑って、赤池くんと同じように空を見上げた。 ニューヨークまで繋がってる青い空を。