君に届けて 2
「なんか、さ。寂しいよね…。」 思わずこぼれたぼくの言葉に、赤池くんが心配そうに言う。 「葉山…、お前、ちゃんと食べて、ちゃんと寝れてるのか?」 「あ、うん。大丈夫。 いや、あのさ…ギイが居なくなったことが…じゃなくてさ。 そりゃ、それもすごく寂しいんだけど…さ、こんな風に会えなくなるなんて思ってなかったから。 こんな風にぼくや赤池くん達に何も言えないまま、去らないと行けなかったギイはどんな気分だっただろうってさ。」 僕だって、この去り方がギイの本意だとは思ってない。 それにしても。 全く…こんな時まで、ギイの心配とは。葉山のお人好しにもほどがある。 でも、だから…ギイは、葉山を選んだんだろうなと、妙に納得して、葉山の顔を思わず見つめる。 恋人が、怪我をして入院しているうちに、何も言わずにいなくなったんだぞ? それが、ギイの本意だとは思わなくても、泣いて責めるぐらいの権利はあるだろ。 「…確かに、ギイらしくはないな。」 「だよね。人との付き合いを大事にするギイが赤池くんになにも言わずにいなくなるなんて、あり得ないだろ?」 「それを言うなら、葉山に会わないままいなくなるなんて、有りえないだろ。」 「…赤池くんは、大丈夫?」 「僕か?」 葉山に聞かれて、思わず押し黙る。 平気かどうかと言われれば…まぁ、平気には違いない。 この時期に、とは思わなかったけれどギイがニューヨークへ帰ることなど、初めからわかっていた事だ。 それに、普通の家庭とは違う複雑な事情を抱えたギイのこと、その事情が理解できない程子どもでもない。 ギイのことだ。あんな風に帰国しなくてはならなかっただけの事情があるのだ。 頭では、仕方のない事だったのだとわかってはいる。 寂しい事を寂しいと単純に悲しむことも出来ない年齢になっているのだと、ふと気付かされる。 それでも…確かに寂しいとは感じては、いる。 ギイが居なくなったこと、ではなくて、何も知らされなかったことが。 恋人である葉山以上だと自惚れる訳じゃないが、それでもギイにとって特別な位置にいたのだという自負はある。 いくら、祠堂では“鬼の風紀委員”と後輩達に恐れられようと、先生たちの信用があろうと、 ギイの世界からみれば、ただの高校生だ。 ギイから見れば、僕だって子どもで、頼りにならなかったのかもしれない…な。 それでも…祠堂では、ちゃんと信頼関係が築けてたって思っていたんだ、僕は。 「まあな…。僕もギイから見れば頼りなかったってことなんだろうな。」 自嘲気味につぶやくと、葉山が笑う。 「まさか。」 「それよりも、葉山は自分の心配だろ。」 葉山に励まされるとはなぁ。そう、一瞬思って、軽く頭を振る。 確かに、最初の頃はギイに守られてばかりで何も知ろうとしない葉山に腹を立てることすらあったけれど、そうじゃない。 葉山は決して弱い訳じゃない。 むしろ…ギイが去った後の葉山の強さには僕だけじゃなく、みんな驚かされている。 誰よりも辛いはずなのに…ギイに対する気持ちが全くぶれてないように感じる。 僕でさえ…仕方がないと思いつつギイへの気持ちが上手く消化できずにいるのに。 それなのに…今回葉山が泣いているのを見てないな。と、思い当って葉山の顔を盗み見る。 そこには、いつも通りの葉山がいて。 2年に成りたての頃、「ギイを失ったら生きて行ける?」と取乱した様子だった葉山。 3年になって、ギイの様子が変わってしまった時もやはり泣いてた。 それなのに…こんな状況なのに、僕は葉山が泣いているのを見てない。 「ニューヨーク、行くんだろ?」 「うん…、交換留学制度っていうの?応募しようと思って。 まぁ…すぐには無理だけど…ね」 「そうか」 「うん。」 「なぁ、葉山。…お前、ギイのこと責めないのか?」 「え?」 「お前が入院してる間に、何の連絡もなくいなくなっちまったんだぞ? 不実な恋人を泣いて責めるぐらいの資格はあるだろ。」 僕がそう言うと、葉山は僕の顔をまじまじと見て、それからくすりと笑う。 じろっと葉山の顔を睨むと、笑いながら言う。 「だって、赤池くんの口から恋人だなんて聞くと思わなかったから。 そういうの、認めないんだろ?」 「そうだけど。お前ら、今更だろ。」 「まあね。赤池くんだって、ギイのこと責めてないじゃないか。相棒だろ。」 「…葉山のくせに生意気。」