long story君に届けて

君に届けて -after2-



「僕だって同じさ。」
「え?」
「僕も葉山に励まされてたんだと思う。」
「赤池くんが?」
「可笑しいか?」
「ううん。…でも、その…ありがとう。」
「でも、あれだろ?ギイはギイ、葉山は葉山。僕は僕。簡単に何かが変わる訳ないんだろ?」
祠堂を卒業した時と同じように、赤池くんが言う。

そうなんだ。
ぼくは、あまり良くは知らないけれど…恋愛事にはとことん徹底していたらしいギイ。
だから…もし、ぼくの気持ちが迷惑だったとして、ギイがぼく以外の誰かに気持ちが移っていたとしたら、それこそ迷惑だと連絡があってもいいのだ。
ギイがいなくなった年から、毎年贈ってきたギイへのバレンタインのチョコレート。
ギイの実家の住所しか知らないぼくは、そこへ毎年贈っていたから、もしかしたらギイの元へは届いていないのかもしれないけれど…。
なんの連絡もないのは、むしろぼくがギイを想っていてもいいという証拠なのだとぼくは自分に言い聞かせていた。

「あのさ、赤池くん。ぼくって実は案外図太いのかも。」
「そりゃそうだろ。じゃなきゃ、あんな状態で全寮制の学校になんて入るもんか。」
「…ひどいや。」
「ギイに会えたら、一発ぐらい殴ってやれよ。違うな、僕の分もだから…二発は殴れ。
いや、それよりも葉山は、泣く方が効果的か。」
「なんだよ、それ。」
「いいか、ギイに会えたら思いっきり泣け。わかったな?」

赤池くんが、変な事を力説するから…ぼくは、ついじわりと泣きそうになる。
ぼくは、三洲くんの前で泣いて以来、一度も人前では泣かなかった。
辛くなかったわけでも、寂しくなかったわけでもないけれど…泣けなかったんだ。
それを多分…赤池くんはわかってるから、こんな事を言うんだ。
泣きそうになったぼくの頭をぽかりと殴って、赤池くんが言う。

「まだ、早い。」
「ごめん…。」
「全く…ギイは今頃何してるんだろうな?」
「さぁ…。忙しく働いてることだけは確かだよね。」
「…だな。」

「ねぇ、赤池くん。今考えたらおかしいんだけどさ…。
ぼくさ、あの頃はギイに出来ないことなんてないんじゃないかって、思ってたんだ。
でもさ、ギイだってぼくと同じ高校生で、あんな風にいなくなってしまった。
それで、やっと気付いたんだ。ギイにだってどうにも出来ない事もあるんだって。」
「…当たり前だろ。」
「だよね。でもさ、あの頃のぼくにはギイが魔法使いみたいに見えたんだ。」
「まぁ、確かに。ただの高校生ではなかったけどな。
そういう風に思える程度には葉山も大人になったってことか。」
「あはは。そうかもね。
留学のこともさ、最初は、ニューヨークに留学したらギイの所に行けるって単純に思ったんだ。
でも、留学目指して頑張ってるうちに、ギイのことだけじゃない、バイオリンも諦めたくないって思い始めて。
色々さ…あったけど。ギイがあんな風に去ってしまったからこそ考えれたことがたくさんあった気がするんだ。」
「ほう。」
「やっとギイに追いつく準備が出来たっていうか?そんな感じ。」
赤池くんが、興味深そうにぼくの顔を見る。
「今度は葉山の番か?」
「うん。」

祠堂にいる時は与えられるだけだったから。
ギイが言っていた「覚悟の意味」が少しわかるようになってきたって言うか…。
もし、あのままギイがぼくの側にいて、祠堂を卒業して…ギイが時間をやりくりしてぼくに会いに来てくれて
ギイのストラディバリウスを甘えて弾き続ける。
そんな風に、ギイに与えられるだけの生活を送っていたら、きっと今とは全く違う未来だったと思う。
バイオリンもギイも…自分で追いかけて、未来を自分の手で掴みとりたいと思えただろうか?
自分に必要なものは、自分で努力して手に入れればいいという当たり前の事すら気づけなかったのかもしれない。
やっと、ぼくはギイを追いかけるスタートラインに立てた気がする。

ギイ、待っててね。
今度は、ぼくがギイを追いかける番なんだ。
佐智さんと初めて一緒に演奏したあの「カノン」のように。
追いかけて…追いついて、絡み合って。そして、また追いかける。
ぼくとギイの気持ちが、また交じ合う日が来るまで―――――。

―END―

  
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