君に届けて -after1-
「葉山くん、交換留学生の話決まったんだって?」 「うん。まだ、詳しい話も聞いてないんだけどね。」 「いよいよ…だね?」 「うん。」 「ギイとは、まだ…その、連絡ないんだろ?」 「まあね。」 「でも、行くんだろ?」 「うん。確かめてくるね。ぼくが知りたかったこと。」 「そっか。ギイに会えたら伝えて。時間が出来たら、日本に遊びに来いって。 皆で説教してやるから覚悟しとけって。」 そういって、政貴が笑う。 音大に入学して、2年が経つ頃、ぼくは交換留学生制度を利用してニューヨークへ行くことが決まった。 早くギイの元に行きたかったけれど、ブランクのあるぼくがニューヨークを目指すには心もとなくて。 結局、2年の月日を費やしてしまった。 今から、色々な準備をして、秋には君がいるニューヨークへやっと行ける。 もしかしたら…ニューヨークにはいないのかもしれないし、ぼくのことなど忘れてしまったかもしれないけれど。 「諦めたら、それで終わりなんだろ?ギイ。」 不思議だね、ギイ。 祠堂にいる頃、ギイに何度も誘われたニューヨーク。 一度も行く約束なんてできなかったけど、君が待っているともわからないのに今、自分でニューヨークに行こうとしてるなんて。 でもさ、ここまで自分で来たよ?頑張っただろ、ぼく。 ギイは、どんな時だって一生懸命出来る事を目一杯頑張って、時間を無駄になんてしなかった。 この会えない数年だって、何かのために必死に過ごしてるんだろ? だからぼくも、ギイに恥ずかしくない意味のある数年を積み上げてきたつもりだよ。 ニューヨークへの留学の詳細が決まり、ぼくは着々と準備を進めていた。 不安がない訳じゃない。 ううん。本当は不安だらけなんだ。 ギイに会えなかったら? ギイに会えたとして、ぼくの事なんてどうでも良くなってたら? ギイのことだけじゃない、慣れないニューヨークでの生活だって。 上手く話せない英語、ついて行けるのかわからないバイオリンのレッスン…考えだしたらきりがない。 だけど、ぼくはギイに会って、ギイと話をしなければこれ以上前に進めないんだ。 「葉山、持ってく荷物これだけなのか?」 「うん。こっちの荷物は、先にニューヨークへ送って、あとの荷物は実家の方に送るから。」 「実家のご両親、こっちに来るのか?」 「ううん。ニューヨークへ行く前に、一度実家へ帰るつもりだから。」 「そうか。おい、そっちの荷物もちゃんとまとめておけよ。」 今日は、引っ越しの荷物をまとめているぼくのアパートに、赤池くんが手伝いに来てくれた。 さすが片付けのプロとギイが評したことだけあって、赤池くんの手際のいい事…。 たいして荷物のあると言えないぼくの部屋だけど、2年も暮らしていればそれなりにものが増えていて どこから片付けていいものか途方に暮れていたのに、赤池くんがテキパキと動くから、あっという間に段ボールにしまわれていく。 「ありがとう。赤池くん。本当に助かったよ。」 「葉山一人じゃ、出発前日まで荷物に囲まれて過ごしてそうだしな。」 「…」 そんな訳ないだろ!と言いたいところだけど、あながち外れてもない気がして情けなくも言葉が出ないぼく。 直前まで必要になりそうな身の回りの荷物をのぞいて、すっかりと片付いた部屋を見渡して 「いよいよか…」 と赤池くんがつぶやく。 「うん。」 ぼくは、今日の手伝いの御礼にと近くの居酒屋に赤池くんを誘う。 「ギイからは、連絡なしか?」 「うん。ぼくも特にしてないし。まぁ、実家以外の連絡先も知らないんだけどね。」 「大丈夫なのか?…その、いろいろ。」 「まぁ、向こうでは交換留学生用の寮っていうか、アパートっていうか、そう言うのに入れるから。」 「そうか。落ち着いたら連絡しろよ?必要な物があれば送ってやるし。」 「ありがとう。本当、赤池くんってお母さんみたいだよね。」 「は?葉山のお母さんなど、遠慮したいね。」 「でもさ、本当…赤池くんのおかげだよ?ぼくが、ここまで頑張ってこれたのは。」 「別に、僕は何もしてない。バイオリンのことは、全く分からないしな。」 「そうじゃなくて…ギイの話、いつも聞いてくれたから。本当はさ、不安で仕方なかったんだ。今も…だけど。 そりゃ、ギイのこと信じているけど…さ。 でも、赤池くんがいたから…ギイが確かにいたって事忘れずにいられた気がする。」 「葉山…」 そうなんだ。 ぼくのギイへの気持ちが変わる事なんてないけれど、それでも何の連絡もないギイに不安にならずにはいられなかった。 バイオリンがあって、目標があって…必死で忙しかったのも寂しさを紛らわせてはくれたけど、 ギイを思い出して寂しくなる日もたくさんあった。 だけど、堪らなく不安が押し寄せてくる頃を見計らって、赤池くんがぼくを食事に誘ってくれたから… そうやって、ギイとの思い出を一緒に話して、ぼくの気持ちを吐き出させてくれたから、ぼくは頑張ってこれたんだ。