long story幸せな完敗

幸せな完敗 1


祠堂1年生の頃のギイと託生くんですが
託生くんを密かに気に入っていた麻生先輩視点のお話になります。

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ガタン――――

本来、静かであるはずの図書館に似つかわしくない大きな物音に顔をあげると、
その日の図書当番だろうカウンターに立つ学生が真っ青な顔をして、自身の腕をぎゅっと掴んで小さく震えていたのが見えた。

そうか…、あれが『葉山託生』か。

周りの会話を聞くに、どうやら返却作業中に、他人と手が触れてしまったのが騒ぎの発端らしい。
入学早々、今年の1年生に酷く癖の強い奴がいると噂になった葉山は、どうやら、他人との接触がかなり苦手で、
周りの学生としょっちゅうトラブルを起こしているのだと言う。
話には聞いてはいたが、祠堂きってのサラブレッド、ギイこと崎義一が「人間接触嫌悪症」と命名したその症状を実際に目にするのは今日が初めてだった。

それは、思っていた以上に、深刻そうな状態で驚いた。

んー。あれは、確かに苦手というレベルじゃないよなぁ。
ギイの命名じゃないけど、れっきとした病状だな。
あれでよく、ここに入学したよなぁ。と思いながら、昼寝を中断して注意深く、葉山の様子を盗み見た。
その時の様子があまりにも印象的で、葉山に興味を持った俺は、それからも図書当番で葉山が図書館を訪れる度に
様子を眺めていて、気づいたことがある。

「なんだ。葉山くん、接触するのが苦手なだけなんだ。」

他人と接触することには、「苦手」という言葉では済ませられない程に、過剰な拒絶反応をするくせに
どうやらそれ以外のやりとりはそこまで拒絶しているわけではないようで。
むしろ、自分の過剰な拒絶反応が、周囲との亀裂を生むとわかっているからこそ
接触しないことで上手くやって行こうと努力しているのだ、葉山なりに。
まぁ、その―――注意深く、身体が触れないように神経を尖らせているせいでピリピリとした雰囲気を与えてしまうのが、
別の亀裂を生んでいるように思えなくもないけれど。
それは、ともかく。
葉山としては、祠堂で上手くやって行く努力をしてはいるのだ。
残念ながら、それに気付ける人間は、ほとんどいないようだったけれど。

「なぁ、麻生。最近、やけに図書館に通っているらしいじゃないか。」
「まぁ、受験生だしね。」
何かと俺の世話を焼きたがる渡波に聞かれ、しれっと答えたものの
「嘘つけ。いつも昼寝してるじゃないか。」
と即座に返される。
人里離れた場所にある全寮制の学校だけあって、プライバシーなどないに等しく、誰がどこで何をしていた――
なんて、どうでもいいような事すら知れ渡っているのだからたちが悪い。

「あのな〜、受験生にも息抜きが必要だろ。今から必死になりすぎると後が続かないじゃないか。
何しろ広辞苑は枕に最適だし、図書館は暖かくて静かで、昼寝するには最適だし。」
「あのな〜、麻生。」
セリフの前半こそ、それもそうかと聞いていた渡波だが、後半のセリフには納得がいかなかったらしい。
「なんだよ。」
悪い奴ではないし、その心配が善意だとはわかってはいるけど、つい母親のようにアレコレと口煩い渡波の相手は、正直面倒なのだ。

葉山と違って、自分は特別に人付き合いが苦手な訳ではないけれど…、
24時間、常に他人と共に過ごす環境の中だからこそ、人が少なく、静かなでマイペースに過ごせる場所は貴重だ。
まぁ、最近は、図書室がお気に入りの場所である理由は、もう一つあるのだけど。
そう。あそこに行けば、葉山に会える確率が高い――――。

それこそ、全寮生の学校なんかに何故は来たのだろうと思わせるほどに、ピリピリとした雰囲気を纏っているくせに、
与えられた仕事は驚くほど生真面目にこなしている。
他の誰よりも生真面目に、もくもくと仕事をする姿は好印象で、接触嫌悪症とのそのギャップがまた興味をそそられる。

図書室につくと、いつもの棚に行って広辞苑に手を伸ばしながら、カウンターに目をやると最近のお気に入り、葉山託生がいた。
「お、やっぱり。今日は葉山くん図書当番だ。」
広辞苑を出しかけた棚に戻して、手近にあった本を手にとって、カウンターに向かう。
「これ、借りたいんだけど。」
俺は、葉山の手に触れないように注意しながらカウンターに本を置いた。
本ほどのサイズになれば、手渡しても直接触れる可能性は低いのだが、直接渡され、
微かに顔を強ばらせる姿を何度も目にしていた。
「葉山くん、本、好きなの?」
何気なく話しかけると、葉山は驚いたように顔をあげる。
まるで、自分に話しかける人がいることに驚いたように。
「え、いや。はい、普通に…」
「ふーん。そっか。」
「…。」
「図書当番していること多いなと思ってさ。」
「そんなこと…ないです。」

ほらね、体が触れなければちゃんと会話をしてくれる。
ただ、惜しむべきは、弾むような会話にならないところなんだけど…。
それは、まぁ…年功序列の祠堂にあって、3年生と1年生ともなれば、少々会話が硬いのは仕方ない。
会話が出来ただけでも、まずまずとは思うべきなのかもしれないけど、出来ればもう少し距離を縮めたい。
そうだなぁ。
卒業までに、体に触れることが出来るくらいに…いや、決して変な意味ではなく。
だいたい、同じ高校の男子同士なのだ。
気安く肩を叩くくらいに、この警戒心を解いてくれたらなぁ。
そんな事を思いながら、葉山が貸し出し手続きをしてくれるのをそれとなしに見ていた。

これも一種の下心と言うんだろうなぁ…。
葉山が図書当番の日を狙って本を借りたり、閉館間際の人の少ない時間を狙って返却作業を手伝ったり…
気安く肩を叩ける日が来るのに向けて、それはそれは、ささやかに距離を稼ぐことが日課になっていた俺は、ある事に気付いた。

  
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