幸せな完敗 2
何かと話題の祠堂のアイドル、ギイこと、崎義一。 (いたく、本人はこの称号を嫌っているが、あのルックス、あのバックボーン。 特別視するなというのはどだい無理な話だろう。) その、才色兼備のギイが、どうやら密かに葉山託生を気に入っているらしい。 それも、自分とはやや異なる意味で。 級長体質というべきか、誰にでも慕われ、非常に細かく気の回るギイのこと。 何かあるごとに揉め事の仲裁をするのは、なにも葉山の件に限らず…であったから、 初めは自分も他に漏れず、手のかかるクラスメートを持つと責任感の強い級長殿も大変だ。と思っていたのだが。 それはどうやら少し違ったらしい。 「葉山くん、今日は図書当番じゃないのかー。暇だな。」 呟きながら、ぼーっと窓の外を眺めていると、誰もいないベンチで本を読んでいる葉山の姿を見つけた。 「お、ラッキー」 なんだ、葉山くん、やっぱり本好きなんじゃん。 しばらくそのまま葉山を眺めていたら、ざっと強い風が吹いた。 その風に本のページを捲られて、小さく溜息をつきながら顔を上げようとしたその時。 ぐっと襟元を後ろに引っ張られて、一瞬にして身体を強張らせて後ろを振り返る。 と、引っ張った犯人が枝と知り、ほっとしたように身体の緊張を解くと…クスリと笑った。 へ? 葉山が笑うところを初めて見た。 周りに誰もいなくて、気を許していたのか、余りにも自然な笑顔に驚いた。 もしかして、今日の俺はもの凄くラッキーなんじゃ…。 「勿体ないな…葉山くん。あんなに可愛いんだ。」 そう思って、ふと視線を外したその先に、自分と同じように葉山を見てる人物がいた。 「あ、狡いぞ、ギイ。」 葉山の笑顔を見るなんて、スペシャルな出来事を独り占めできなかった事に思わず悪態をついてしまったけれど…。 葉山の笑顔を見たギイが、幸せそうに微笑んだのを見た瞬間、あれ?と思う。 もしかしたら、葉山を密かに気に入っているのは、俺だけじゃないのか? 意外だな…いや、そうでもないか。 なかなかいい趣味なのかもしれないぞ。 何しろ、対して興味を惹かれるものがない俺が、こんなに気に入っているのだ。 ギイは、とにかく人当たりがいい。 誰にでも気さくで、それこそギイの笑顔なんて誰しも見慣れているけれど。 この時の笑顔は、まるで違った。 見た事もないほど、柔らかい笑顔だったのだ。 まるで、慈しむような優しい顔をしてたから、その意味を思わず考えてしまった。 もしかしたら…ギイは、葉山託生を好きなんじゃないかと。 *************** それは、ギイが葉山くんを好きなんじゃないかとなんとなく感じてから、ひと月ほど経った頃だった。 ドン! その物音に顔をあげると、騒ぎの中心に葉山がいた。 前後の様子は見てないが、まぁ、予想はつく。 大方、誰かの肩がぶつかったのか、わざとぶつけられたのか…。 「はぁ、またか…。いい加減にしとけばいいのになぁ。」 そう溜息をつきながら、俺は席を立つ。 相楽や石川のように、特別、何かの役職についている訳じゃないけど、最上級生である自分が仲裁に入れば ある程度は簡単に騒ぎが収まるのだ。 「ちゃんと前見て歩けよな!」 「…」 「何だよ、先輩にぶつかっておいて謝る事も出来ないのか、1年のくせに。 あ、違うか。葉山は、誰にも謝ったりしないんだっけ?全く、良い身分だよなぁ。」 そんなやり取りを聞いて、思わずため息が出る。 こりゃ、わざとだな…。 俺は、揉めている中心に割って入ると、青ざめてはいるがキッと相手を睨みつける葉山に声を掛ける。 やれやれ。まるでこれじゃ、手負いの猫だ。 「葉山くん、顔色悪いけど大丈夫かい?ケガしてないよね。 前田もちゃんと前見て歩けよ。広い場所じゃないんだから、そういう時は譲り合えよ。」 「そういう時は、後輩が譲るもんだろ。」 「俺には譲ったように見えたけど?それなのに、ぶつかっていったろ。」 実際に、ぶつかる瞬間なんて見てないけれど、今のは絶対にわざとだ。 ふてぶてしく映る態度で誤解を受けやすいけど、人と接触することを極端に嫌う葉山。 そんな彼が、わざわざ自分から人にぶつかるような事は絶対にするはずがない。 トラブルばかり起こしているように見えるけれど、常に人との距離を保って穏便に生活をする努力をしているのを俺は知っている。 その距離を保てなくなるのは、突発的で避けようがない時と悪意あってわざとその距離を詰めようとされる時だけなのだ。 「そんなこと…」 「それにさー、上級生にそんなにギャンギャン言われたら、謝りたくても怖くて声も出ないだろ。 こんな場所で晒すような事するなんて、お前らしくないなぁ。 ほら、図書室は静かにだろ―――はいはい、みんな戻って。 葉山くん、調子悪いなら寮まで送るけど?」 「―――あ、あの…結構…です。」 「そ?あ、そうだ前田。この前言ってた大学の資料さ、大橋先生の所に来てるって言ってたぞ? 早めに取りに行ってこれば?」 そう言いながら、その場を去ろうとした時、本棚の陰から様子を見ていたギイが見えた。 その視線が、仲裁に入る必要があるかどうか探るものとは少し違ってた。 葉山の消え入るような声を聞きながら、ぐっと眉を顰めて…ひどく傷ついたような顔をしていた。 多分…葉山の騒ぎに気を取られていた周りの誰も気づかなかったに違いないけれど、本当に一瞬… まるで自分が傷ついたかのように、辛そうな顔をした。 けれど、次の瞬間には、いつも通りのギイに戻って、にこやかに話しかけてきた。