幸せな完敗 4(完)
こんなに葉山を気に入っているのに、一向に距離は縮まることがなくて。 最初の頃から比べれば、警戒心が緩んでいることこそ感じるものの、それ以上距離を縮めようとすると頑なに拒まれる。 このまま葉山との思い出も何もないまま卒業なんて、寂しすぎるではないか。 そう思って、相楽のレクリエーションに一緒に参加することを思いついたけれど 結局は参加することもできなかった祠さがしゲーム。 ゲームそのものに何の興味もなかったし、まして相楽の企画になんて絶対不参加表明をしていたけれど、 葉山とならやってもいいと思ったのだ。 ご利益ごときで、葉山の嫌悪症が治るなんて、本気で思っていたわけではないが、治ればいいとは切に思っていた。 それを治すのが、自分だったらいいのにと。 だけど、見つけてしまったのだ。 あの、葉山が風邪を引いた冬の日、嫌悪症を治す可能性があるのはギイなんじゃないかという兆しを…。 いつもの通り、揉め事を起こした葉山の仲裁に駆けつけた俺とギイ。 熱で朦朧とした葉山の縋るような視線が、間違いなくギイに注がれていたのを。 ふわふわとした頼りのない視線だったけれど、確かにギイの上で視線がとまったのだ。 あの「葉山」が、誰かを頼るなんてこと、あっただろうか? 熱で朦朧としていたからこその、葉山の本心。 そっか…葉山くんもなんだ。 自分はもう卒業だけれど、ギイにはあと二年もあるのだ。 葉山が笑えるようになるなら、それはそれで喜ばしい事だけれど… 悔しいから、口には出さないけれど。 それにしても…伝説の男(俺にとっては、伝説どころか、ただの暑苦しい鬱陶しい男だが)もギイが誰を見てるのか気付かず。 あの、ギイですら葉山には嫌われてると思っているのだから 「恋は盲目とは、よく言ったもんだよなー。」 そう思いながら、恨みがましくミカンをギイに押し付けた。 ***************************** 卒業して2年目の秋。 祠堂の音楽鑑賞会を手伝った相楽から 「葉山託生を触ったぞ?随分と険がとれていい感じになってたな。」 そう聞かされた時に、すぐに分かった。 その変化の原因がギイにある事。 ギイは、葉山の事を1年の頃からずっと好きだったし、 葉山の方も…自覚があったかどうかは怪しいけれど、間違いなくギイを意識してた。 だけど…久しぶりに訪れた母校の文化祭で、俺は予想以上の事に驚きっぱなしだった。 寮でギイに抱きしめられている葉山を見た時も。 俺とギイが冗談の応酬をしている間、素直にギイの腕の中にいた葉山が、ぐっとギイの腕を押しやった時も。 あぁ。ギイ…本当にやりやがったと思って驚いたけれど。 駆け寄ってきた見知らぬ小柄な男の子にがしっと葉山がハグされた時には、 「おわっ!」と驚き過ぎて、変な声が出てしまうほどに…それはもう、とにかく驚いたのだ。 そんな状況を普通に受け入れている葉山にも。 それを誰一人、驚いていない事にも。 つまり、これは…今の葉山にとって日常的なことなんだろうな…と思いながらも。 その腕にしがみ付いたその男の子が、ニコニコしながら葉山を見上げ、葉山が嬉しそうに微笑み返してるのをつい凝視してしまった。 確かに…葉山が普通の高校生のように誰かと気安く肩を叩きあったり出来るようになればいいのにと思ったけれど。 もっと笑えばいいのにと思ったけれど。 これは、何と言うか…反則だろ。この変わり様。 ここまで来ると、ギイに対して負け惜しみするのも馬鹿らしくなるほどの完敗で。 自分には、どうすれば、あの嫌悪症でピリピリとしていた葉山をここまで変えられるのか 見当がつかないし、自信もない。 まったく、ギイの奴…どんな魔法を使ったんだよ。 人に囲まれて、ニコニコと微笑む葉山を見て、改めて思った。 やっぱり、ギイ、いい趣味してるよな。ま、俺もだけど。 こういう葉山を見抜いていたのか、どうなのかわからないけれど。 まるで別人のようになった葉山を今日こそは触って帰ろう、ギイに怒られても。 1年の頃、密かに応援してやったのだ。 それくらいしても許されるよな。っていうか、絶対触る!その為にきたのだ。 そもそも相楽が触って、俺が触れないなんて納得いかないではないか。 でも、まぁ…。 嬉しそうな葉山をこれまた、嬉しそうに見ているギイを見てると、こんな葉山を見れただけでもいいか… とも思ってしまう俺はやっぱりお人好しなんじゃなかろうか?