君に届けて 3
失礼な。と赤池くんを軽く睨んで…、それからぼくは言う。 「だってさ、ギイのすることに意味がなかったことなんてないから。」 「は?」 「いつもギイは、ぼくなんかわからない程凄く先まで見越してるから。 ぼくは、いつだって…時が過ぎ去って、後から気付くんだ。 ギイ、こうなる事ちゃんとわかってたんだって。 だからさ、きっと今回もそうなのかなって。 数年単位で会えない状況がくることをギイは間違いなく知ってた。 だから、ギイは連絡を出来ないんじゃない、意味があってしてこないんだよ。多分。 その意味なんて、ぼくにはわからないけど。多分…そうなんだ。」 「葉山…?」 赤池くんが、ぼくを不思議そうな顔で見る。 「あのさ、赤池くん。ぼくが1年生だった時の事って覚えてる?」 「1年生だった頃?」 「うん。嫌悪症だった頃のこと。」 「あぁ。そりゃ、覚えてるさ。なかなかに印象強かったからな。」 「無関心、無感動のぼくが、こんなにも必死で何かを手に入れようとしてるなんて、考えられないだろ? そういうぼくですら、ギイがぼくにくれた大切な物なんだ。」 赤池くんや三洲くんには、不実な恋人なんて言われるギイだけど。 崎なんかのどこがいいんだなんて言うけれど、ギイが居たからぼくはここにいる。 ぼくの過去も現在も、バイオリンを再び手にして音大に進む事を決めている未来のぼくも。 ぼくを心底心配してくれている友人も…、そして一度は、心離れてしまった家族ですら。 全てギイがくれたのだ。 もし…ギイの気持ちがぼくから離れてしまったのだとしても、ぼくが簡単にギイを忘れてしまうなんて無理なんだ。 「まぁ、あれだな。 あんなに葉山に嫉妬心丸出しで、執着していたギイが簡単に葉山を諦めるとも思えないしな。 結局、ギイはギイ。葉山は葉山。それに…僕は僕って事か。」 「だね。」 「野沢、葉山と同じ音大なんだって?」 「うん。専攻は違うんだけど、心強いよ。赤池くんも都内の大学なんだろ?」 「あぁ。これからも付き合ってやるよ。」 「お手柔らかにお願いします。」 ぼくは、笑いながら赤池くんに頭を下げる。 ね、ギイ。 ギイが居なくても、ぼくの周りにはギイが残してくれたものがちゃんとある。 ギイの存在が無かった事になんて出来る筈がない。 ***************** 卒業式を迎えた祠堂で、ぼくは1人、桜並木の前で立ち止まり、見上げた。 まだ、蕾も膨らまない桜並木。 「また、ギイと見たかったな。」 そっと呟くと、ほんの少し涙で桜が滲んだ。 この桜並木に一面の桜吹雪が舞う季節、ぼくたちは出会った。 3年前、初めてこの桜並木を通った時には、何の希望もなく、それはただ移りゆく季節の1ページにすぎなかった。 あの重い空気の漂う実家から逃げるようにやってきた祠堂で運命の出会いが待っているとも知らず、頑なだったぼくの心。 2年前、この桜並木はぼくの所へ運命の恋を連れてきた。 入寮日にくぐった時には、ただの景色だったその桜並木は、一気に姿を変えた。 満開の桜って…こんなにも綺麗だったんだ…。 泣きたくなるほど、美しい景色があるってこと…初めて知った。 ぼくが知らなかっただけで…、いつの年もこんなにも桜は美しく咲いてたんだ。 1年前、ぼくはギイの気持ちを読み間違えて不安なまま桜を見上げた。 「来年の春も一緒に桜を見よう」 ギイとの約束だけがぼくの心に引っかかり…上手く涙さえ零せなかったダメなぼく。 共犯者の約束をした春。 そして…今。桜の木の下で1人たたずむぼく。 満開の時をまって、じっと寒さに耐え忍ぶ桜も、満開の桜も、咲きほこったかと思うと潔く散ってしまう桜も綺麗で… 今、隣にギイはいないけど、桜の季節が来れば、何度でも思い出す。 ぼくとギイの色褪せることのない思い出。 暖かくなってやがて咲き誇る満開の桜を思い出して、ぼくはつぶやく。 「桜の花びらが、ぼくの気持ちを君に届けてくれますように…。」 ニューヨークの桜の下で、同じ気持ちで見上げてくれているギイを思い描いて。 ―END―